久能山東照宮博物館 企画展『徳川家の文武』について

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2021年10月1日(金)~より久能山東照宮博物館にて『徳川家の文武』を展示致します

 

徳川将軍家の文武について

家康公がお生まれになった戦国時代は、血で血を洗う殺伐とした時代です。織田信長公「天下布武」の言葉が有名なように「武」が貴ばれ、学問や文化等は相対的に低く見られる傾向となる風潮でした。しかしながら天下を平定した家康公は文教政策に舵を取り、殺伐とした時代から天下泰平の時代への移行を図りました。

 

家康公は駿府の地に書籍を集め、駿河文庫を創設し、また代々の将軍は、江戸城内の紅葉山文庫に漢籍・医書・詩文集等を集積して、学問文化の向上に努めました。他にも書道や絵画等も学び、諸士を驚かせる程の腕を持つ将軍もいました。しかし武家の頂点でもある将軍は武道も怠ることなく、武芸の奨励をはかりました。特に当館では歴代将軍の甲冑が現存し、当宮に納められられた刀剣も、尚武の心を失わなかった事が将軍の心意気が現在まで残っています。

 

◆注目資料◆

初代将軍家康公 歯朶具足(しだぐそく)

関ヶ原の戦いでは着用し、大坂の陣でも携行して勝利を得たことで吉祥の鎧として尊ばれた。歴代将軍もその以降に倣い写形(うつしがた)と称して同様の具足を作製した。世間のイメージとは違い歯朶の前立ては別制作であり、具足に着用できない。

 

9代将軍家重公 黒絲威鎧(くろいとおどしよろい)

 

令和3年に修復が終わった甲冑。大鎧とよばれるスタイルで、いわゆる平安から鎌倉期に主に使用された。8代将軍吉宗公の時代より、昔の故実を復活させようと盛んになり、この鎧はその初期の作品となる。戦国地代と違い、全体的に大きな作りとなっており、鎌倉期の武士を彷彿とさせる姿。

 

10代将軍家治公 写形歯朶具足(うつしがたしだぐそく)

 令和2年12月に修復を終えた甲冑。家康公の歯朶具足を真似て作成された内の一つ。今回の展示では初代家康公の歯朶具足・7代家継公の写形歯朶具足が飾られており、その違いを確認できる貴重な機会。

 

10代将軍世子 家基公  洋犬図 洋犬図

徳川将軍家の通字である「家」の字があるが、唯一将軍職に就任していない。就任前に若くして亡くなり「幻の将軍」とも呼ばれることもある。

家基公の生きた時代は、教科書で習う田沼時代と言われる田沼意次が活躍した時代になる。この時代は交易の興隆や杉田玄白『解体新書』の翻訳や、平賀源内の活躍など洋学が盛んになった。父である家治公も西洋動物に興味があったようで、明和2年(1765918日にオランダにペルシア馬を注文している。そのため世子である家基公も題画の洋犬なども目にした機会も多かったと考えられる。

 

★この機会に是非、久能山東照宮博物館へお越しくださいませ。